HIV陽性ということを、周囲の人に伝える/伝えない、誰に伝える/誰に伝えない、伝えた後どのようにフォローする/しない、伝えないでどうつじつまを合わせる/合わせない等々。周囲への通知について迷ったり、人間関係に関して悩んだりする陽性者もたくさんいます。
◆何のために誰に伝えるか
私たちの調査では、「誰にも知らせていない」6.8%、「1人に伝えている」9.5%、「2人」8.2%から、「31人以上に伝えている人」12.2%まで、幅広く回答がありました。もともと人間関係のありようは人それぞれですから、当然のことながらHIV陽性というプライベートな情報をどう扱うかは、人それぞれなのです。
伝えることのメリットとデメリットをはかりにかけるという冷静な人もいれば、1人で抱えられずに思わず伝えたという人もいます。伝えられる側のキャパシティーを気にする人、同情されることがいやだと思う人もいます。夫には伝えるがその実家には伝えない、家族の中で母親だけに伝える、ゲイだということを隠しているのでHIVについても伝えられないという人もいます。会社の上司にだけ伝えている人、ゲイの友達にだけ伝えている人。変わらずに今まで通りのつきあいを続ける友達、疎遠になってしまった関係、伝えたことでかえって関係が深まったパートナー、一生誰にも言わずに墓場までという思い・・・実にさまざまです。
誰に伝えたのかを聞いた調査では、「最初に伝えた相手」は友人が最も多く、次いで、付き合っている相手でした。「現在伝えている相手」は、それらに加えて、過去に付き合っていた相手、母親、きょうだい姉妹が多くなっていました。情緒的なサポートをしてくれる人たちに比較的多く伝えていると言えるでしょう。誰から情緒的サポートを得ているかを聞いた別の調査でも、医療従事者やカウンセラーだけでなく、多くの人が友人・知人(HIV陽性以外/HIV陽性ともに)、パートナーや家族からと答えています。
一方、検査や医療に従事する人から、パートナーやセックスをした相手に伝えるように勧められることがあります。これは、感染の拡大や、検査の遅れによるエイズ発症を防ぐことが主な目的とされています。伝えることのメリットとリスクについての冷静な判断がつく状態であれば良いですが、陽性と知ったばかりで気持ちや情報の整理ができていなかったり、体調が悪く心身ともに不安定だったりする場合などには慎重さも大切です。
◆差別不安と自主規制
HIV陽性とわかる前とわかった後では、人間関係にどんな変化があるのでしょうか? 特に大きな変化はないという人もいるでしょうし、陽性とわかってから引きこもり気味になったという人もいるでしょう。前よりも積極的になったという人もいるかもしれません。
2003年の調査では、多くの人が、HIV陽性であることを知られないように警戒していたり、病院などで知人に会わないよう気をつけていたり、人間関係が必要以上に親密にならないようにしたりしていると答えています。実際に日本では法律問題になるような差別事例もありますが、差別されるのではないかと不安に感じて、自らの行動や人間関係にブレーキをかける「自主規制」をすることが多いのです。友だちと疎遠になったり、職場や親戚との関係を避けたりといったことをしている人も少なくありません。
◆恋愛とセックス
それでは、恋愛やセックスについてはどうでしょう?
私たちの調査では、「HIV陽性であることが、パートナーをつくる障害になるか」という質問に対して、54%の人がすでにそういった経験をしていて、65.3%が今後もそのようなことが起きると予測しています。陽性と知って以降のセックスの経験は83.9%が「ある」と答えていますが、別の調査では、「性交渉をしなくなった」28.8%、「性交渉の回数・相手数・内容のいずれかを抑えるようになった」78.8%となっており、セックスに関しても変化があることがわかっています。
それぞれの価値観によって異なりますが、多くの人にとってセックスはQOL(生活の質)にかかわる重要なことがらです。その重要なことが、HIV陽性と知ってから変化したという人がとても多いのです。それでは、具体的に何がどう変わったのか、そこにはどのような課題があるのかといったことについては、まだわからないことが多くあります。少なくとも言えることは、陽性とわかる前よりも、慎重になったり、障害と感じたり、抑制するようになったりする人が少なからずいること、どうすればよいかわからず迷ったり悩んだりしている人がいるということです。今後は、感染源としてのHIV陽性者のセックスという狭い考え方から脱し、QOLの一部としてセクシュアルヘルス(性の健康)を包括的にとらえなおすことがとても重要です。
◆メンタルヘルスに関する課題
HIV陽性者のメンタルヘルスはいったいどのような状況にあるのでしょうか?
特に問題を感じていないという人もいるでしょうし、深刻な状況にある人もいるでしょう。日常的なストレスとして自分で対処できている人もいるでしょうし、専門家の支援を受けている人もいるでしょう。
調査では、「HIV感染を抱え続けることで、日常生活に支障をきたすほど精神的バランスが崩れること」を、60.5%が体験しており、47.6%が今後も起きると予測しています。
具体的には、差別不安を感じて人間関係に課題を感じている人も多いでしょうし、通院や服薬に対する不安やプッレシャーを感じている人、出会いやセックスについて悩んでいる人もいるでしょう。体の具合が良くない人もいますし、もともと精神疾患を持ちながら生きてきた人もいます。さらには、高齢化にともなうメンタルヘルスの問題や、アルコールや薬物などの依存の問題も日に日に大きくなってきているようです。
HIV陽性者のメンタルヘルスは、とても重要な課題だと言われています。その実態はあまりよくわかっていませんが、少なくとも長期療養時代を生きる陽性者にとって大切なテーマであることは間違いありません。